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「太陽の子供たち」日本語訳(3) P108
テミンのDiaryを先にアップしようと思ったけど、グレーな箇所が多いので、訳してあったKeyくんのほうを先にアップ。
Keyくんの文章、とってもわかりやすかった~♪
(とは言え、こんな出来ですが・・・・汗)

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P108
KEY'S DIARY

なぜか新しいものが嫌いだ。
工場から出てきたばかりのようなほかほかして、すべすべした新しいものより、僕は少し古いものがいい。
古いものには別のものたちとは違う、それだけの特別さがあって、過ぎてきた時間を含んだストーリーがある。
特別さとストーリーがあるものが僕を引き付けた。
生命力がないものは何か物足りない。
だから人という存在は実に魅力的だ。
各自、自らを表現する方法が違うだけで、誰でも固有の色を持っているから。
ところで、その中でも僕はひときわ視覚的であるものに魅せられる。
これはいつも"僕"らしいもの、"キー"らしいものを作っていっている僕が
僕を表現する方法とも関わりがあることだ。
小さいとき、なってみたかったもののうちの1つが画家だった。
歌を歌うことが僕が人生で必ず果たしたい夢の1つだったなら、
僕の内面、僕の考えと心をその瞬間に視覚的に表現することは
まるで息をすることみたいに当たり前な日常の1つだと考えた。
いや、実は考える必要もなかったことみたいに、それは既に日常の一部分だったから、
今も暇があれば紙に何かを書き散らす。
だから、初めて外国に出て行き、グラフィティを見たとき、その前でしばらく呆然と眺めていた。
型に閉じ込められず、多様な表現で自分を表現する人たち、
その人たちに妙な共感を感じられたからだ。
彼らも僕のような人々だろうか?内面で中断せず、何かが沸きあがって、
それを表現したい欲望を視覚的に噴出する。
どうしてもその根本には都市の至るところに隠れている自由だということがあるようだ。
バルセロナの人々は自分を出して表現することを惜しんでいなかった。
美術館の前でボードに乗っていた連中、
海辺でもそれぞれの姿で日光浴を楽しむ人々、
音楽が流れてくればリズムに乗って踊りを踊る人々まで、
(僕たちが旅行で)来た都市が、その人々には遊び場所みたいに見えた。
その中でひときわ僕の視線を引き付けていたのは、どこでも見ることができなかった
独特のデザインのアイテムを売る小さい店々。
そこでは最近道で踏まれるありふれたフランチャイズショップの製品ではなく
ドアを開けるたびに予測できない
そこだけの、色がはっきりした個性ある品物が僕だけの世界を誇っていた。
そして、そんな店々は主人とも絶妙に似ていた。
主人たちもその場所、ドアの後ろの世界の中の主人公同様に
特色あるその場所ととてもよく似合っている人たちだった。
彼らは直接作ることもして、どこかで空輸してくることもした
そこでだけ見ることができるコレクションで
彼らだけの色を思う存分表していた。
1ユーロのアクセサリーから眼鏡のフレーム、進めば
コーヒー豆の袋で作ったかばんまで・・・・。
何歩も進めなくてずっと立ち止まらせる、目を引くものがとても多い!

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入院中に翻訳してたんだけど、頭がぼけてたのか、間違いが結構あって・・・・。
「나」と「너」を間違えるとか。
直しましたが、今は風邪ぼけしているのでさらに間違いがあるかもです(笑)
by beeswax_bee | 2012-02-28 19:12 | SHINee
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